みなさん、こんにちは。
木曜日の男、きたです。
2週続けて、サンパウロのバスについて語ってしまいましたが、
そうです。
今週もです。
(メトロでのお話もするので、公共交通機関のお話になりますね。)
今回は、バスやメトロで私が感動した事を書きたいと思います。
結論から言いましょう。
ブラジル人の年配の方や妊婦さんや、障害をお持ちの方に
快く席を譲る姿勢に感動しました。
日本では、席を譲った方がイイと日本人でも、誰しも思います。
でも、『偽善者扱いされるのではないか?』という、恥ずかしさで、
なかなか譲るという光景を見たことがありませんでした。
かく言う私もそうです。
自分の名誉のために話をすると、
中学生位の時に勇気を出して(勇気が必要な時点でダメダメ君ですが・・)
お年寄りに席を譲ろうとしたんです。
でも、「わしゃ、まだ元気じゃ!」って逆に怒られたんです。
それが、トラウマとなりました。
さらに、日本人の名誉のために言うと、
日本人は席を譲りたいと、本当は思っているんだと思います。
でも、怒られるまではないにしても、譲られる方が遠慮するので、
結局、その行為がムダになるのを恐れているのです。
ムダになってしまうと、恥ずかしさを感じるのです。
好意でしたのに、またその席に自分が座るのが恥ずかしいと感じてしまうのです。
日本のレストランで会計時に、私が良く見たおばちゃん達のように、
「ここは、私が。」
「いやいや、ここは私が。」
「いやいやいや・・・・」
なんて、席を譲る時にしたくはないのです。
そんな時、お互い気分を害さずに席を譲る方法は、
黙って立つ事です。
まるで、次のバス停で降りるような演技をして。
譲られる方は必要であればその席に座るでしょう。
これは、誰の心にもわだかまりは残りません。
それが、日本での私なりの処世術でした。
ね?メンドくさいでしょ?
それが、ブラジルでは年配の方がきたら笑顔で席を譲るんです。
もちろん、妊婦さんにも、障害を持つ方にも、
日本みたいに周りの目を気にする事なく。
断られる事も恐れることなく。
最初は、譲ってる自分に酔いしれてるのかと思って観察してみたんです。
(なんて、ひねくれた日本人なんでしょう。今考えると自己嫌悪です。)
でも、何回そのシーンを見ても、
当然のように、みんな席を譲っているんです。
笑顔で。譲るほうも、譲られる方も。
下心あるんじゃないか。なんて考えてる自分が恥ずかしかったです。
日本より、なんて温かいんだと思いました。
好意がなんて自然なんだと思いました。
年配の足の不自由な女性が乗る時に、
メトロの扉が閉まりかけました。
その女性は扉に挟まりそうになりました。
扉の近くで賑やかに喋ってた若者が、
その扉を急いで力ずくで開いて、その女性を助けました。
盲目の方がメトロを降りて、上がる階段を見失っていました。
それに気付いた女性が腕をとり、導いていました。
混雑した車内で私が傘を落としました。
気付かずに電車を降りると、
一人の若者が大声で追いかけてきました。
傘を私に渡すと笑顔で親指を立てました。
電車は走り去ったのですが、
その若者はこの駅が降りる駅ではなかったようで、
次の電車を待つために、またプラットホームに立っていました。
自然な優しさ。
日本の交通機関ではなかなか見られない光景です。
日本人にとっては、一つの観光名所になるんじゃないでしょうか?
やはり、日本人は考えすぎの傾向にあるように思います。
それが、メリットでもあり、この場合はデメリットにもなるんでしょう。
そうは言っても私はここで変わらず、黙って席を立ちます。
だって、言葉分からないし、トラウマが抜けないんだもん。
1 件のコメント:
いい人が多いですよね。また自然だし親切が。心が豊かなんでしょう。いい話ありがとう
ございました。
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