2010年2月5日金曜日

サンパウロC級グルメ探訪問


コインブラ通りのボリビア料理店

ブラジル情報誌Bumbaを読んで知ったのだが、ボン・ヘチーロ地区にラ・パスというボリビア料理のレストランがあるらしい。写真からは、お高く気取った高級レストランではなく、ブラジルへの出稼ぎボリビア人が食べに行くような店であることが想像できた。

土曜日の午後に出かけてみた。コインブラ通りに入ると突然インディオ系の顔をした人々が通りを埋め尽くしているのに驚く。ここはボリビア人街だったのだ。

人が賑わっているのはコインブラ通りの一区画のみである。通りの両側の歩道には露店が並び、それらの多くは海賊版のCD、DVDを販売している。スペイン語の曲があちらこちらで流れている。現代的なポップ音楽もあるが、笛やギターなどのインストゥルメントを用いたボリビアのフォルクローレも流れており、はるかアンデスへの旅情を誘う。

ラ・パスは飾り気の全くない店構えで、店内はよどんだ熱気がこもり、四方の壁一面には鏡が掛かっている。昔日のボリビアの風景らしき写真も飾られている。店内が暗いわけではないが、やや陰を帯びた雰囲気で、場末のホテルの安食堂といった風情である。テーブルが塞がっていたので、ひとり客と相席になった。

メニューは至ってシンプルで、10種類程度しかない。客の多くがスープ料理を食べているので、相席の男にメニューを示し、スープはどれだと聞くと、何種類かあるようである。彼もまたスープ料理を注文しており、それはこってりしているというので同じものをウェイターに頼んだが、あいにく売り切れとのことで、他のスープを勧めてくれた。彼の注文した料理は豚肉のスープで、私は鶏肉のスープであった。

彼の豚肉スープは見た目にもコクがありそうである。私の鶏肉スープはややあっさりとした塩味であるが、しっかりと鶏の旨みが溶け込んでおり、なかなか美味い。

親切に教えてくれた相席の男はボリビア人ではなくペルー人であった。アレキパの出身で、そこはかつて旅行中の私が身包みを剥がされた街だが、同時に親切も受けたので何かと印象深い街だ。彼にそのことを話すと、そのときに俺が知り合いだったら絶対そんなことにはならなかったと請け合う。今となっては笑い話である。

後日再度この店を訪れ、豚肉スープを注文した。深皿になみなみと赤茶けたスープを湛えており、大きな豚バラ肉の塊が沈んでいる。肉は口の中で柔らかくとろけ、至極美味である。スープはコショウがぴりりと効いている。塩味で、こってりとしており、豚骨というよりは、肉の旨みがスープに乗っているようであり、臭みはない。その他、親指大ほどもある大粒コーン(モテ)とチューニョという黒灰色の芋が入っている。コーンはともかく、芋は格別美味しいものではなかった。豚肉はごろごろ入っているが、大半は脂身ばかりで、食べると美味しいには違いないが、食べ過ぎると健康が気になるところである。思うにスープの旨みは豚脂から流れ出たものではないか。それでも久しぶりに美味しいスープを味わい満足した。

通りではエンパナーダという、肉類を厚手の生地で包み焼いた、間食にぴったりの食べ物を売る露店がたくさんある。主なものには、角切りの鶏肉やジャガイモを生地に包み、かじると中から甘辛いスープがたっぷり湧き出すサルテーニャ、挽肉,タマゴ、ジャガイモを同様の生地に包んだボリュームたっぷりのトゥクマーナなどがあるが、なかでもいち押しは、タマゴ、挽肉をマッシュポテトで包み、円盤型にして揚げ、頂にキャベツの千切りを乗せ、仕上げにピーナッツと唐辛子のソースをかけたレジェーノ・デ・パパだ。これは後を引く美味しさである。

ヴィクトルという、レジェーノ・デ・パパを売るボリビア人はまだ30代前半に見えるが、ブラジルに来て20年になるという。サンパウロ市北部のペルースというファベーラ(スラム)の多い地区に住み、土、日にコインブラ通りでエンパナーダを売っている。平日は自宅で縫製の仕事をしているというから、休まず働き続けていることになる。エンパナーダは1個2レアル(約100円)で、順調ならば1日200個売れるというからけっこうな稼ぎだ。休まなくても大丈夫なのかと聞くと、ブラジルに住む限りは稼ぎ続けると言う。自分から進んで話すわけではないが、私の不意の質問にもいやな顔をせず、むしろ人なつっこい様子で返事をする。

話してみると、ボリビア人はとても素朴な印象を受ける。レストラン「ラ・パス」の従業員も、普段の態度はそっけないが、質問には丁寧に答えてくれるし、はにかんだような笑顔を見せる。また、とあるエンパナーダ屋は、隣のエンパナーダ屋は自分よりもずっと美味しいエンパナーダを作ると真顔で言って、商売っ気がないと言われて大笑いしたりする。なんとも純朴な連中に思える。

日は沈み、空には2条の低く横たわる筋雲が地平下に没した陽に照らされて、うっすらと浮ぶのみである。コインブラ通りはいまだ多くの人々で賑わっている。彼等の多くにとっては、この国は祖国ではなく、週末のこの場所だけが彼等の祖国を偲ばせるささやかな休息地である。エンパナーダをつまみに一杯やっているうちに、私にとってもこの場所がなんとも心安らぐ場所に思えてきた。お互い異国の地で働く者であり、同じ立場に置かれる者としての共通の心情を持つがゆえであろうか。

Restaurante La Paz(実は当ブログ執筆中に気が付いたのだが、Bumba推薦のこの店は、どうやら写真を見ると名前が「Chuquiago」のようだ。隣の「La Paz」という店は理髪店である。まあ、どちらでもよいが)
R. Coimbra 183のとなり(200番台), Bom Retiro
地下鉄Bresser駅より徒歩10分程度

Fricase(豚肉のスープ+パン)10レアル
Sopa de Mani(鶏肉のスープ+パン)6レアル
Cardo de Pollo(鶏肉のスープ、ご飯入り)6レアル