2008年12月29日月曜日

サンパウロC級グルメ探訪


このコーナーをはじめるにあたって

私は街のいたる所にある屋台で飲食するのが好きだ。屋台の良さは値段の安さと人とのふれあいにある。一見どの屋台も同じように見えるが、食べてみると屋台によって味が異なる。もちろん料理人にもそれぞれ人柄があれば、客層も違う。

贅を尽くした高級料理でなくても、料理を口にしたその瞬間、「美味しい」という感動が体内をつらぬくことだってある。ささやかであれ、発見があれば悦びがある。多くの在伯日本人が普段気にも留めないような小さな店や屋台で出会う、そういう楽しみを綴っていきたい。

まがみ隆一



○ フランコ・ダ・ホッシャのエスペチーニョ

地下鉄駅前やバスターミナル周辺の雑踏の中、そこかしこに一筋の煙が立ち昇っている光景をよく目にする。串焼き肉の屋台からである。勤め帰りの労働者から買い物帰りの親子連れまで ―主に低所得者が多いが― の小腹を満たし、ある者はビールをぐいとあおって一日の疲れを癒す、そんな場である。

コンロの金属柵の上には串刺しの牛肉、鶏肉、鳥の心臓などが焼かれている。ブラジルの代表料理、シュハスコの廉価版ということで、シュハスキーニョと呼ばれる。あるいは串(エスペト)からエスペチーニョとも呼ばれる。

日本では焼き鳥を焼くのに、「紀州備長炭使用」などと、炭火焼きを強調する表記で集客を図るが、こちらでは炭火焼きはごく当たり前である。肉から染み出す油が炭火の中に滴り、香ばしい匂いが煙とともに周囲に充満し、肉の焼き具合を覗き込むと、煙で目が沁みつつも、炭火が発する、里山にいるようなやわらかく懐かしい香りが心を和ませる。



最初に紹介する店は、ターミナル駅であるルス駅からCPTMのA線に乗って約50分、フランコ・ダ・ホッシャという町にあるエスペチーニョの屋台である。

フランコ・ダ・ホッシャまでの沿線の車窓は、深い森林が広がる丘を越えたり、ファベーラが密集する地域を突っ切ったりと変化に富んで面白い。町はサンパウロ市中心地から離れているため緑も多く、駅に降り立つと、ほのかに青草の香り漂う清澄な空気を感じる。

屋台は駅から徒歩数分の、ガソリンスタンドの片隅を陣取っている。扱う串肉の種類は牛肉、鶏肉、リングイッサ(豚のソーセージ)、鶏の心臓、チーズであるが、なかでも鶏肉は秀逸だ。特製タレに漬け込んだ胸肉で、味わい深く、肉質はほっこりして柔らかい。

主人のフランシスコは50代の男で少々吃音があるが、それが実直な彼の人柄を表しているように思う。彼の焼き方は焼き過ぎず生焼けにせず、いつも正確である。時々おしゃべりな奥さんが手伝っている。

最初、リベルダージから来たことを彼等に伝えると、物好きな日本人といった様子で感心していたが、二度三度と来るうち、この味を求めてわざわざ電車で来るんだとお愛想を言うと、彼等はたいそう感激して、訪れる客に私のことを嬉々として紹介するが、そのこころは、「わざわざリベルダージから日本人が食べに来るほど当店のエスペチーニョは美味しいんだぞ」、と言いたいに違いない。

フランコ・ダ・ホッシャのようなサンパウロの郊外で食べることの楽しみは、かの地の住人はサンパウロ市内の住人よりもいっそう気さくで、皆が気軽に話しかけてくることである。

ブラジル人らしからぬ、よそよそしい態度の都会人に比べ、ここは田舎の明るさが丸出しで退屈しない。まあ、恰好の暇つぶし相手がいるわいという具合に、私も彼等の酒の肴になっているわけであるのだが。

プラスチックの小さな椅子に腰掛け、香ばしさ鼻をくすぐる煙に包まれながら串肉を頬張り、持参のペットボトルに詰めたワインをチビチビ呑みながら、たいして理解していなくとも、なやらワイワイ常連達と喋っている時、ブラジルで生活していることに、わくわくするような喜びを私は感じる。

値段
牛肉1.75レアル
チーズ1.8レアル
それ以外1.5レアル

場所
サンパウロからCPTMに乗りFranco da Rochaで下車。駅を出て左方向に歩いて数百メートル、シェルのガソリンスタンドが目印。