美しいオーストリア風の町並み
サンタ・カタリーナ州中西部に位置する町トレーゼ・チーリアス。ここはオーストリア移民が作った町で、建て物からその街並みまでオーストリアのチロル地方をモデルに作られており、「ブラジルのチロル」と呼ばれている。白と茶色の2 色で統一された家々を眺めながら町中を歩くと、まるでおとぎばなしの世界に迷い込んだように錯覚してしまうほどだ。
「町の歴史」
1933 年にアンドレア・ターレル農務大臣が大不況で苦しむ祖国を逃れ、同胞約百人と共に新天地を求めて、この町に移住してきた。町の創立者ターレル氏が住んでいた小城のような家は現在、史料館となっており、そこでは移住当初の町の写真や、トレーゼ・チーリアスという町名の由来となった本が展示されている。
「匠の技 木彫りの彫刻」
この町は木彫りの彫刻が盛んで、母国オーストリアの伝統の技を引き継いだアーティスト達のアトリエがあちこちにあり、目を楽しませてくれる。中でも、ゴトフレッド・ターレル氏(創立者ターレル氏の孫)は国際的にも有名で、アトリエの入り口に置かれた4 メートルのキリスト像には圧倒される。
「ミニチュアの町」
町には数カ所、それぞれ趣向をこらした公園がある。その内のひとつ、リンデンドルフ公園には町全体を再現したミニチュア模型が展示してあり、民家に植えられた鉢植えや池の中の魚等、細部まで完璧に作られている。公園内には他に、ヤギ、ダチョウ、カピバラなどを見れる小動物園もある。
「アンドレア・ターレル公園」
町の中心部にあるアンドレア・ターレル公園。創立者ターレル氏を讃える目的で作られた。公園の真ん中を小さな滝が流れ、その両側に樹々が整然と植えられており、散歩に最適の美しい公園だ。
「地ビールをグビグビ」
この町に来たら必ず立ち寄って欲しいのが“ ビヤホール・エーデルワイス”。ここで製造されている地ビール“ ビアバウム”はコクがあり喉ごしも最高だ。塩加減が最高のウィンナーの他、オーストリアの色々な郷土料理を楽しむことができる。
資料提供 サービス・グローバル
<ファヴェーラ、サンバ、カーニバル>
悲しみに終わりはない 幸せにはある
幸せはまるで花びらに浮かぶ夜露のよう
ほのかに揺れて優しく輝き
愛の涙のように流れ落ちる
貧しい者たちの幸せは カーニヴァルの幻想のよう
人々は夢を叶えるために一年中働く
王や海賊、庭師のファンタジア(仮装)を纏うために
そして すべては灰の水曜日に幕を閉じる
悲しみに終わりはない 幸せにはある
カーニヴァルの狂騒が過ぎ去り、灰の水曜日を迎えた2 月17 日。容赦なく照りつける日射しの下、リオは何処もひっそりと静まりかえっていました。まるで街全体が眠っているような、仮死状態にあるような錯覚を覚えるこの日には、ヴィニシウス・ヂ・モラエス作詞+トム・ジョビン作曲による「幸せ(A Felicidade)」がいつも脳裏をよぎります。ヴィニシウス原作の仏映画「黒いオルフェ」に挿入されたこの歌詞とメロディーは、海から昇る朝日のシーンとシンクロしながら、貧しい者たちが住む丘=ファヴェーラの悲しみと幸せを叙情的かつ端的に表現しました。
1913 年に生まれたヴィニシウスは、自らを“ ブランコ・マイス・プレート・ド・ブラジル(もっとも黒人に近い白人)” と形容したほど、20 世紀初頭に下級層の黒人音楽と見られていたサンバをこよなく愛しました。ピシンギーニャやアリ・バホーゾ、ノエル・ホーザ、カルトーラ……等々が活躍した20~30 年代は、サンバが階級差を超えて一般市民の人気を得た時期で、ヴィニシウスはそんなサンバ熱を共有しながら青年期を過ごしました。べつの代表曲「祈りのサンバ(Samba da bênção)」では、美しいサンバに悲しみの一片が欠かせないのと同様に女性は美しさと悲しさを併せ持つべきだ、という意味の歌詞をつづっています。サンバと女性を例えるところにヴィニシウス的嗜好の一端が伺えますが、彼は生涯に9度もの結婚を経験しました。誠心誠意に女性を愛しながらも、別の女性に惚れたら後先を顧みなかったようです。別れる度に、家からは歯ブラシ1本だけを持って飛び出したというエピソードも残っています。
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さて前置きが長くなりましたが、今回はファヴェーラとサンバ、カーニヴァルの関係について少し言及してみたいと思います。今年も国内外から70 万人以上の観光客がカーニヴァルのためにリオを訪れ、メインのスペシャル・グループ12 エスコーラ・ヂ・サンバ(以下エスコーラ)は例年通りの豪華絢爛なパレードを繰り広げました。各6エスコーラが2日(日曜と月曜)に分けて出場し、10 項目からなる審査発表は毎年灰の水曜日午後にテレビ中継され、家で疲れを癒すカリオカたちの人気番組となっています。2010 年の優勝は、1936 年以来74 年ぶりとなるウニードス・ダ・チジューカでした(灰の水曜日でも優勝が決定したエスコーラだけは毎年どんちゃん騒ぎで盛りあがります)。
ウニードス・ダ・チジューカは、1923 年創設のポルテーラと1928 年創設のマンゲイラにつぐ老舗エスコーラで、1931 年の創設です。チジューカ地区にあるボレルの丘を本拠地とし、数千人規模の構成員の大半はボレルのファヴェーラ住民が占めています。マンゲイラはマンゲイラの丘、ヴィラ・イサベルは猿(マカコ)の丘、サルゲイロはサルゲイロの丘、エスタシオはサン・カルロスの丘……、というように、多くのエスコーラは丘=モーホ(※ 1) にあるファヴェーラの住民を中心に構成されています。住民たちは居住するファヴェーラをコムニダーヂと呼び(コミュニティの意)、とても強い地元意識を共有し、だからこそパレードの勝ち負けにも強くこだわります。エスコーラを擁するファヴェーラにおいて、エスコーラこそが住民たちのアイデンティティであり、誇りであり、大きな家族のような存在なのです。住民の多くは、現在の最低賃金である月給583 レアル(約2万9千円)を平均的な収入として暮らしています。ブラジル特有の社会格差のなかでギリギリの生活をする彼等が、ひとつに数千万円を費やす華々しいアレゴリア(山車)と共に、ファンタジアを身に纏って年に一度の「ハレ」の舞台でパレードするのです。世界中が注目するリオのカーニヴァルは、それこそ夢のような一時に違いありません。私たち外国人がカーニヴァルの魅力を体感するために、ファンタジアを買ってパレードに参加しそれなりの感動を得ることはできますが、住民たちにはそれ以上の大きな意味があるのだと思います。そしてそれは、彼等だけに与えられた幸せの特権なのでしょう。
冒頭の曲が作られた50 年代には犯罪組織は存在しませんでしたが、80 年代から急激に勢力を拡大し、現在は各エスコーラを擁するファヴェーラのほとんどが犯罪組織に支配されています。ウニードス・ダ・チジューカを擁するボレルの丘もコマンド・ヴェルメーリョ(赤軍団)に支配されており、昨年はライバル組織のアミーゴス・ドス・アミーゴス(友達の友達)と熾烈な縄張り争いを繰り広げました。チジューカ地区では数ヶ月に渡って度重なる銃撃戦が起こり、さらにはアミーゴス・ドス・アミーゴスが支配するヴィラ・イザベルの猿の丘にも攻め入りました。昨年10 月に警察のヘリコプターが撃ち落とされ警官2名が死亡した惨劇は、その抗争の最中に起こりました。その後一帯が停戦状態になったことを知っていたので、今年1月末にヴィラ・イザベルの構成員の付き添いで猿の丘に上ってきました。カーニヴァル直前で浮かれた雰囲気が漂いつつも、ライフルやマシンガンを構えた見張り兵があちこちにたむろっており、いくつもの視線を歩く背中に感じました。
一方ボレルの丘では、カーニヴァル後に州警察が犯罪組織を追放しUPP(平和維持部隊)を駐屯させるという発表がありました。州警察がこの2年間で完全追放に成功したファヴェーラは9つに増えており、その成果は住民と一般市民から高く評価されると同時に、犯罪組織にとってはライバル以上の脅威となっています。今回はカーニヴァル開催中に、反撃することなくボレルの丘から退散し、仲間が支配する外部ファヴェーラへと逃げ去りました。このニュースは、ボレルの丘の住民にとって、カーニヴァル優勝と並ぶ最高のプレゼントとなったようです。
最後に90 年代のファヴェーラで大ブレイクしたファンキ曲を紹介いたしましょう(※ 2)。
俺は幸せになりたいだけなんだ
自分が生まれたファヴェーラを好き勝手に歩いて
そしてプライドを持って
貧しくたって自分の場所があることを感じたいだけなんだ
※1 丘のファヴェーラでは、家に帰る=丘を上るという意味で動詞SUBIR が使われます。対して出かける時は動詞DESCER
例:もう家に帰るんかい?=ヴァイ・スビール・ジャ?
※2 "Rap da Felicidade" CIDINHO E DOCA
筆者 肥田哲也(ひだてつや)
リオデジャネイロ在住、メディア全般。
http://wasabi-brasil.com
<手軽にご馳走>
ナスとしめじのサラダ
暑さの続く毎日、よく冷えたナスとしめじの風味豊かなサラダはいかがでしょう。別々に茹で、熱いうちに塩とオリーブオイルをかけるだけですが、冷めて味がなじむと実においしい。香りの決め手はオレガノ。味のアクセントはオリーブ。ワインやフランスパンによく合い、冷蔵庫で1 時間ばかり冷やしてから食べると最高です。
「材料(4人分)」
1.ナス・・・2 本(日本ナスでもブラジルナスでもよい。ブラジルナスの場合、小ぶりで種の少な
そうなものを選ぶ。)
2.白シメジ・・・1 パック
3.たまねぎ・・・中1 個
4.黒オリーブ・・・10 個
5.オリーブオイル・・・大さじ8
6.塩・・・小さじ4
7.オレガノ(乾燥)・・・大さじ2
8.たかのツメ・・・1 本
「作り方」
① ナスを縦半分に切り、長さを4 等分して、繊維に沿って4mm 程度の薄切りにし、水にさらしたら、熱湯で茹でて、ざるにあけ、水気をよく切る。
② 白シメジは食べやすいように小分けし、熱湯でさっと茹で、ざるにあけ、水気をよく切る。
③ ①と②を別々の器に入れ、熱いうちに、それぞれ塩小さじ2、オリーブオイル大さじ4 を回しかけ、全体を混ぜてなじませ、冷ます。
④ たまねぎは薄切り、たかのツメは種をとって、小口切り。黒オリーブは種に沿って、上下に薄く切る(約6 等分)。
⑤ 器に③と④を入れてさっくりと混ぜ、オレガノとオリーブオイル大さじ1(分量別)で味を調える。盛り付けるときにオリーブで飾る。
筆者 高山 儀子(たかやま のりこ)
青森県出身。和風の手を加えたブラジル料理が得意。
1996 年〜97 年にかけて、日伯毎日新聞に” 味のさんぽみち” を連載。
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