2009年10月26日月曜日

サンパウロC級グルメ探訪


サンパウロ街角スケッチ(上)

サンパウロ市の南部、サンパウロ動物園の北のあたりに、ヴィラ・ダス・メルセスという地区がある。坂道が続くバス通りを上り切ると、道路に囲まれた三角状の小さな広場があり、そこには交番、石造りのベンチが数基、深緑の葉を長い枝いっぱいに茂らせた数本の常緑樹と灌木、雑誌類を売るキオスク、そして道路に並ぶ4軒の露店、それが広場にある全てに見える。

4軒の露店はそれぞれシューロス(筒状のドーナッツのような揚物で穴の中にチョコなどを流し込んだお菓子)、タピオカ、ホットドッグ、串焼肉の店である。

タピオカ屋を見ると、この稼業には珍しく白人系の若者がやっている。物言いが至極丁寧で、マニュアル的に扱い品目を述べる様子は日本のハンバーガーチェーン店の如くであるが、表情は柔和で、眼差しに真心がこもっており、返事は「シン・セニョール」と、日本語で言えばさしずめ「かしこまりました」というニュアンスだろう。仕事に対する真摯な態度に、やがては自分の店舗を構えてみせるという彼の矜持を感じる。

小型車後部の小さなトランクルームに積んだコンロでフライパンを熱し、中に顆粒状のタピオカを敷き詰め、具を乗せて温めたのち、オムレツのように閉じてでき上がりである。具財は大きく分けて甘味と塩味に分かれ、それぞれ多くの種類がある。

私はチーズと七面鳥の胸肉のタピオカを注文した。値段は2レアル(約100円)。思った以上に具が詰まっている。七面鳥の肉は他の具財よりも値段が張るはずなのに、気前の良いことである。ペットボトルに詰めた持参の赤ワインをグビリと呑む。タピオカのモチモチした食感が酒に合うかは微妙なところだが、チーズと七面鳥の味わいは赤ワインにぴったりである。

若者に話しかけてみた。将来は店を持ちたいと思っているのかと尋ねると、「それが私の目標だ」と、きっぱりと言った。この仕事を始めてまだ5ヶ月という。前の仕事は公立病院の病院食を作っていたが、管理職連中の不正が発覚し、大幅な粛正が行なわれた際、職を失ったらしい。自身には全く罪のない事で巻き添えを食ってしまった彼の憤りは、「この国は第三世界だ、そう思わないか。みんな金をくすねることしか考えていない!」と、私のような他国人に対してはけ口を求めた時、愛する母国を貶めることで、いわば自虐的にならざるを得ないのだろう。当惑しながら、この国はゆっくりとだが良くなっていると慰めると、彼は若干救われたかのように、「良くなっているな」と私の言葉を引き取った。

となりのホットドッグ屋には客が付かない。値段は1.5レアル(約80円)と世間一般と比べて安いにもかかわらずである。それもそのはず、背の低い老母とあごひげの濃い息子がやっているのだが、息子は焼酎をあおりながらの仕事であり、すでに足元も怪しくなっている。母親はもはや諦めているのか、息子の酒を止める気配はなく、ただはらはらと息子の仕事を見守っている。

ひとりの客がホットドッグを注文したが、息子はソーセージをつまむトングをドラムスティック代わりに屋台を叩き、酔っ払い丸出しの調子でホットドッグを作るのだからたまらない。釜のふたを取ると湯気とともにトマトと肉のかぐわしい匂いが立ち込め、胃袋をくすぐるのであるが、これでは誰も注文したいとは思わないだろう。

愛想を尽かすような振る舞いの息子であるが、それでもブラジルの親子の情は厚い。母親は息子の腰をさすり、頬を撫で、タバコを回し飲みしながら話しに興じている。客が寄り付かないことなどお構いなしの風である。

会話が続くうちに、突然母と子はひしと抱き合い、息子の目から涙が流れた。いったい彼等は何を話していたのだろうか。この親子の間でこれまでに何があったのだろうか。これから先、この母子はどうなるのだろうか。1千百万人が暮らす大都会サンパウロのひとりひとりに喜怒哀楽の人生ドラマが繰り広げられる。