2009年4月9日木曜日

サンパウロC級グルメ探訪


セントロの生演奏とカシャーサ

リオに住んでいた頃、街には常に音楽があったことを思い出す。

コパカバーナの薄汚れたバール群のなかには、客に混じって一組の楽器をかき鳴らす連中がいて、彼等はたいてい黒人で、息もぴたりとサンバを歌い、数曲演奏した後に周囲の酔客からカンパを要請する、そんな光景があった。

イパネマ海岸の遊歩道ではギターの調べがキオスクのスタンドバーにあり、湖のほとりではバーレストランからボサノバが流れる。音楽はもちろん生演奏で、私はブラジル人の生活は音楽とともにあることに何の疑いも持っていなかった。

だが、サンパウロに移り住んで、日本と同じく音楽不在の空間があることを知った。
サンパウロにも音はある。だが、それはステレオを通じた電気音で、血の通った人間の奏でる音楽ではなかった。

私は生演奏がある場所を探すため、リオでそうしていたように街をやみくもに歩いた。ところがサンパウロの街は四方に茫洋と広がり、とりとめなく歩いても何の発見のない日々が続いた。

それでも歩いた甲斐があった。セントロのセ・公園に近接する商業地区に、周囲をロココ風のクラシカルな高層建築物に囲まれた一角より、心浮き立つ打楽器のリズムが聞こえてくる。街路に広く張り出したテーブルを人々が埋めているのは、みな音楽を聴きに来たからに他ならない。

バンドが奏でるサンバのリズムは快調だ。楽器の演奏も息が合っている。だが、歌う声が調子外れだ。サンパウロ市1100万人の住人がいるのだから、もう少しましな歌声の連中を探すことができなかったのだろうか。

ウェイター(ガルソン)達は路上にびっしりと並ぶテーブルの海をかいがいしく立ち回っている。サンパウロでもっとも働き者の従業員に数えられそうだ。ひとりの小柄なウェイトレス(ガルソネッチ)は、眉毛を立てて真剣な表情を崩さぬままハチドリのようにテーブルからテーブルへと飛び回るが、厨房まで確かめざるを得ないような面倒な注文も厭わず足を運んでくれる。望む品があるとほのかに表情を緩め、親指を立ててOKの仕草をする。こちらもほのかに幸せな気分になる。

この店の特長はカシャーサの種類が豊富なことだ。カシャーサとはサトウキビから作られる蒸留酒でアルコール度は38度以上、上等なものになるとさらに高くなる。ブラジルを代表するカクテル、カイピリーニャのベースとして知られるが、質の良いカシャーサはストレートで呑むのも、冷凍庫で液体がトロトロになるまで冷やして呑むのも美味しい。この店では78種類のカシャーサがメニューに記載されている。

ガルソネッチにカシャーサを頼むと、彼女は小さなショットグラスとカシャーサのボトルを持ってきて、目の前で注ぐ。最初はグラスの底を濡らす程度に入れる。それを一気に呑み干すと、続いてグラスに溢れんばかりになみなみと注ぐ。とはいえグラスはせいぜい30~40cc位なので、宝石を愛でるようにゆっくりと味わう。

カシャーサの多様性には驚かされる。透明なもの、琥珀色なもの、緑がかったもの、樽の香りがするもの、甘い香りがするもの、青草のような香りがするもの、舌を刺すような刺激があるもの、さっぱりと呑みやすいもの、コクを感じるもの等々、良いカシャーサにはそれぞれ個性がある。日本にはあまり知られていないカシャーサだが、これこそブラジルが世界に誇ることのできる特産品だと思う。

3杯、4杯と杯を重ねるうちに、音痴で耳障りなヴォーカルがそよ風のように気にならなくなった。周囲も私の酔いに呼応したかのように、あちらこちらで男女が立ち上がりダンスを始める。

ドラムの破壊的な打音が規則正しいリズムで脳内に響き渡り、人々を陶酔にいざなう。私の目の前で立ち上がった白人の娘はサンダルを脱ぎ捨て、ウサギのようにお尻を振って踊り浮かれる。羽を生やしたニンフのような軽やかなステップ。サンパウロにも音楽とともに生まれ育った人々がいる。

Cachaçaria do Rancho
Rua José Bonifácio 23, Centro

カシャーサ 2.5レアルから7レアル(ワンショット)

演奏 18:00 より 22:00まで(演奏者によって時間の変動あり)
サンバ 月、火、木、土
セルタネージョ 水、金
日曜休み

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

グラス片手に物思いにふける筆者の姿が想像されます・・・
 最近は夜にセントロを歩くことは無いのですが、ぜひ行ってみたくなりました。
ここなら子どもが騒いでも大丈夫そうですしね!ほんと、毎日機械と生きるのはごめんです。emilia

匿名 さんのコメント...

グラス片手に物思いにふける筆者の姿が想像されます・・・
 最近は夜にセントロを歩くことは無いのですが、ぜひ行ってみたくなりました。
ここなら子どもが騒いでも大丈夫そうですしね!ほんと、毎日機械と生きるのはごめんです。emilia