2009年11月17日火曜日

サンパウロC級グルメ探訪


サンパウロ街角スケッチ(下)

ヴィラ・ダス・メルセス地区の三角広場の頂点にあたる場所を陣取るのは串焼肉の屋台である。この店の客層は多様である。スマートなリッターカーで買い付けに来る若いアベックもいれば、化石になりかけているフォルクスワーゲンの中に妻と子を待たせて串焼肉を注文している中年の紳士、気さくに話しかけてくる太った年金生活者、がっちりした体躯に鉤鼻のいかつい顔をした初老の男とその妻らしき艶美な赤毛の女性および鉤鼻男の娘とみられる金髪嬢で、女性同士の歳が近いことから妻は後妻と推測できる三人家族など、さまざまである。

これらの客の注文にむっつりした表情で、必要なこと以外は一切口をきかず、黙々と串焼肉を焼いているのが50代後半とおぼしきずんぐりとしたオヤジである。平均的な串焼き屋台が持つコンロの倍はあろうかという大きなコンロには炭が赤黒くおこり、並べられた串焼肉から煙がもうもうと出るが、屋台上部には集煙構造の屋根が取り付けられ、大筒の煙突から白い煙が立ち昇っている。オヤジは蒸気機関車の釜に燃料をくべる火夫のようにせっせと肉を並べ、串を返し、客に渡し、また肉を並べる。

鶏肉はあるかと聞くと、ぶっきらぼうに「ある」と答える。いくらだと聞くと、そっけない表情で「2.50」とだけ言う。ふと網の上の串肉に目をやると、アラブ料理がオリジナルであろう、カフタという、挽肉をきりたんぽのように串に丸く巻きつけたものがある。ブラジルにはレバノン系をはじめとするアラブからの移民が多く、アラブ料理はブラジルの食文化に浸透している。私は注文を変更し、それを頼んだ。

本場のアラブ料理ほどスパイスの効いたものではないが、胡椒がほんのりピリリと効いて、塩味基調でぼんやりした味が多いブラジル料理のなかでは異彩を放っている。好みで振りかける唐辛子ソースは数種類が揃えられ、辛味の強弱が選べる。

大型コンロにずらりと串肉を並べ、忙しそうに焼いているオヤジをはた目に、芒洋とした面持ちで私は串肉をかじり、ペットボトルのワインを口に含み嚥下する。木立に覆われた小さな広場は喧騒とも静寂ともつかぬ、我々が日常うごめく下界からほんの少し浮き上がったような趣である。酒が頭の中を回遊する際、時おりこぼれる印象の断片を拾い出してはメモに取るのが私のいつもの習慣である。何かの用事でオヤジが私の傍らを通り過ぎたが、その際ボソリと「後で話そう」とつぶやいた。

不審に思いつつ、彼の手が休まる頃合いを見計らって声を掛けると、彼はメモを取る私の挙動を不思議に思い、興味を持ったとのことだった。いったん話し始めると、オヤジは饒舌になった。彼の名はガブリエルといい、隣州のミナスジェライス出身で、この場所で25年間にわたり肉を焼いている。昼は自動車修理工として働いているというから、朝から晩まで働きづめだ。見たところ串肉はたいそう売れているようなので、そんなに働いて金を稼いでどうするのだと聞くと、全ては家族のためだと言う。そばには父の仕事を手伝う12,3歳の息子がいた。

息子に幾つかありきたりの質問をすると、彼は半ば醒めた表情を崩さずに、はっきりとした口調で答える。なかなか聡明そうだ。息子を見守る親父の目は温かく、彼を誇りに思っているのが分かる。私がガブリエルに、息子を大学に進ませたいのかと聞くと、そのように進んでくれればいいのだがと言いつつも、先ほどまでの仏頂面とはまるきり別人のような笑顔を見せた。彼の背後で、息子は忙しそうにコンロの前で立ち回っており、銀色に光る屋台の煙突からは太い煙が力強く昇り続けている。

場所 Vila das Mercês
Rua Nossa Senhora das Mercês

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