2009年3月9日月曜日

サンパウロC級グルメ探訪


アクリマソンの頑固オヤジ

昔、日本には頑固オヤジの店があった。客として暖簾を潜っても、「いらっしゃい」の一言もなく、カウンターの奥からジロリと睥睨され、なんだか場違いなところに踏み込んだ気がしながら、おそるおそる注文する、そんな店があった。

80年代のバブルの頃は、にわか頑固オヤジの店がとりわけ増えたようであった。なかには愛想がないどころか、客のそそうを怒鳴り、食べ方の流儀を強制するといったトンデモ啓蒙主義の店まであったようだ。

バブル崩壊とともに、そんなふざけた店は消滅し、安価で画一的なマニュアルサービスのチェーン店がはびこるとともに、昔ながらの頑固オヤジの店もまた消えていった。

どっこいブラジルでは頑固オヤジの店は存在する。アクリマソン地区にある、エスペチーニョを扱うバールもそんな店のひとつである。

初めてその店を訪れたのは1年近く前のことである。店に面した歩道にコンロを置いて、むっつりした顔で串肉を焼いているオヤジに声を掛けたが、オヤジは眉ひとつ動かさず、白い口髭をたくわえた黒い顔を串肉に向け、黙々と焼き続けている。

こちらもムッとしながら再度声を掛け値段を尋ねると、横柄な物言いで答えるが、視線は串肉に落としたままだ。客を客と思わぬ態度にたいそう腹が立った。

以来2回3回と足を運び、ときには友人達も連れて行き、オヤジはもはや私の顔を覚えているのであろうが、顔を合わせても木で鼻をくくったような態度は変わらない。

こんな失敬な彼の店に幾度と無く足を運ぶにはわけがある。彼が焼く牛肉のエスペチーニョはこれまで私が食べてきたものに比肩できないほど素晴らしく美味しいのだ。

まずはそのボリュームだ。路上の屋台の串肉に比べてふた回りは大きい。そして肉質。噛んだ時の柔らかさといったら、フィレ肉のような上品な歯ごたえだ。さらにその味。脂の乗った肉汁には上質のサーロインステーキのような旨みがある。加えてファローファ。ブラジルならではの、肉の表面にまぶすマンジョッカの粉をファリーニャと言うが、ファローファはファリーニャにタマネギ、ベーコン、タマゴ等を加えて炒めたものである。サンパウロの屋台のほとんどはファリーニャしか置いていないが、この店は自家製のファローファを惜しげもなく皿に山盛りに盛り付ける。とどめは週末のサービスだ。金、土にはビッフェにレタスのサラダ、タマネギの油漬け、トマトとタマネギの酢漬け、ガーリックトーストが用意され、それらが食べ放題である。

これだけの料理が、たったの3レアル(約120円)で食べられるのだ。これだけのコストパフォーマンスは、まず他にお目にかかれないだろう。オヤジの無愛想が癪でたまらないのだが、それでも料理の誘惑には勝てず、足を運ばずにはいられないのだ。

当然ながら串焼肉の売れ行きは良い。午後7時頃には人気の牛肉は売切れてしまう。そのため仕事が終わり急ぎ駆けつけても食べ損ねたことしばしばだ。需要はあるはずなので、もっとたくさん作ればいいと思うが、頑として量を増やさないところが頑固オヤジの面目躍如たる所以である。

煮ても焼いても食えそうに無いオヤジに私も対抗したことがある。あるとき運ばれてきた串焼肉が冷めており、やや硬くなっていた。焼きたてではなく、焼き上がってトレイに上げていたものを再度温めたものであった。

次回訪れた時、私は焼きたてを持ってくるように強く要望した。オヤジは「どっちも味は変わらない」と抗弁したが、私も譲らなかった。その後も注文するごとに焼きたてを要望する私に、さすがのオヤジもいつしか「お前の注文はこれだろ」とばかりに焼きかけの肉を指差すようになった。

初来店より半年が過ぎた頃だろうか、オヤジの私に対する態度がやや友好的になってきた。勘定を払って店を出る時など、「ありがとう、アミーゴ」と声を掛けられるようになった。

客として認められるようになるまで艱難に耐えなければならぬなど、馬鹿馬鹿しいようであるが、それでもオヤジとの間に一種の親近感が生まれたことは、まるで手の付けようの無かったジグゾーパズルにようやくピースがぽつぽつとはまり出したような喜びに似たものを感じる。

ただひとつ、この尊大横柄なオヤジは店のオーナーではなく、単なる従業員であるというのが、いかにもブラジルらしいとはいえる。

メニュー
・ 牛肉
・ 鶏肉
・ リングイッサ
・ 鳥の心臓
・ チーズ
全て3レアル

営業時間 午前7時~午後10時(エスペチーニョは午後6時より)日曜日休み。
場所 Rua Muniz de Souza, 713 - Aclimação
Rua Almeida Torresとの交差点角。

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